- 作者:長田弘
- 発売日: 2018/10/11
- メディア: 文庫
苦しいときは深呼吸をしろ、と私の友人も教えてくれました。
火曜日
ときどき、開けなくてはいけない、開けたくない箱が目の前にあらわれる。
たいていそれを開けるときは夜で、私はひとりで、ひとりで箱の中身を受け止めることがとても怖い。
そんな思いをする。
お昼、先輩とお話する。
冷たいカフェオレは泡が多くて、氷にまとわりついている。
先輩に、箱の中身を少しだけ知ってもらう。
「世界はそれだけじゃないし、あなたは別に悪いことをしたわけじゃないし、気にしなくていいし、自分に素直でいていい。深く入り込んで壊れるのをちょっと怖がってるよね」
と、いうようなことを言ってくれる。あとひとつ、過去の思い出を話すと、こちらが思っていたより心配させてしまった。
痛みが消えても、傷ついていないつもりでも傷口はある。
この人は、私の傷口がどこにあるのかを言い当ててくれるから、一緒にいてほっとする。
話し終わって、何でもなかったように離れる。
午後はなんだかばたばたしている。思っていたよりたくさんの人と話す。本を読んでいない人ってこんなに多いんだなと、こっそり愕然とする。
夜
ミナモで待ち合わせする。SAAYAさんの展示を見るのは2回目。今日は「通う夜」の日なのでコーヒーも出ている。渋いけど飲みやすい。今日は2杯もカフェインをとってしまった。
ご飯を一緒に食べてもらう。そして、考えを聞いてもらう。人に聞いてもらって何かをどう処理するか決めていくのはお葬式みたいだ。箱の中身を埋葬するような時間を一緒に過ごしてもらう。
箱の中にはつらいことだけじゃなくて、私の決めたこととか、楽しかったこととか、やり直したいことも入っている。ご飯はとても美味しかった。
昼に考えていたより、いいように考えを伝えられそう。
「いやなこと埋葬するのに付き合ってくれてありがとう」
と相手に言うと、
「またゾンビみたいにそれは蘇ってくるかもしれないけどね」
って返される。
その言葉の通り、それはすぐ蘇ってきた。また箱を開けないといけないのか、と思うけど、ひとりではないような気がして、いまは大丈夫かもしれない。とも思った。
話を聞いてくれる人、ひとりで抱えている箱を少し降ろす場所、が、自分にあると知ったからかも。
箱の中は、今度はわりと綺麗だった。
闘いは長そう。
一旦時間をとれるうちに、し終えておきたいことがいくつか思い浮かんだ。
〈一人のおとなになってたんだ。ひとを直列的にでなく、並列的に好きになるということが、どんなに難しいことかを、きみがほんとうに知ったとき。〉
(長田弘『深呼吸の必要』より)
棚からとって、深呼吸のかわりに読んでみる。