本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

具象化されない言葉

仲のいい人とふたりで話していたとき、ふいにその感情はやってきた。
「なんか突然、怖くなるときないですか?」
「何に?」
「わからない。一緒にいることが怖い。原因が相手にあるわけじゃなくて」
「沈黙が怖い?」
「違います」
私のよくわからない話を終わらせずに聞いてくれるその人は、気になるなあと言いながらこう聞いてきた。
「それは、具象化できないこと?」
たぶんその《具象化できない》にはふたつの意味があって、うまく言葉にあらわせないこと。もしくは、言葉にはしないほうがいいこと。
「できます」
「じゃあ、何?」
「……」
「困ってるね」
「……」
そのとき、私たちはある程度高さのある場所にいて、近くに池が見えていた。
私はひとつ思ったことがあったけど、それを口にしなかった。かわりにこう話した。
「大事だなと思う人と一緒にいるとき、ふいに怖くなります。楽しいな、とかいま幸せだな、と思ったとき」
「それは褒められなれてない子が、褒められると戸惑うみたいな感じ?幸せに慣れてないような」
「楽しいとか、嬉しいことはいつも少し遠くにあってほしくて、それをいざ体験してしまうと、次がないような気がして怖いんです」

その人がなんて答えたかは覚えていない。
簡潔に「楽しいからこの時間が終わるのがちょっと寂しくなった」と言えばよかった。でも、厳密には違うような気もする。

だって、本当はそのとき、私が言おうとしていたのはそんな言葉ではなかった。深い池を見て、その人を見て、私はこう言いたかった。
「一緒にここに落ちませんか?」
一緒に死んでほしいみたいなことを、私は言おうとして、でも言ったら迷惑かけるし、すべて壊れるなと思って言わなかった。本気じゃないけど、冗談でもなくて、自分でも判断ができない何かがあった。

私やばいでしょう。すごく嫌だ。
こういうのを2021は無くしていきたい。


仕事は始まったけど、いろんな人が話をしにきてくれて、仕事にならないまま終わっていく感じがある。
みんながどうして私のところへ来るのか、真相はわからないけど、何か持て余した時間や言葉や感情があるんだろうなとは思う。

「前に(私と)一緒に行ったパンケーキ屋さんがあれから夢に出てきました」と、年下の女の人が教えてくれた。お互いままならないなという話をして、もやもやを打ち明けあった。

また別の男の人は、今日は七草粥をつくると教えてくれた。もらう年賀状の数が激減したんですよーと言うと、書いてあげますよとも言ってくれた。(うれしかったけど断った)

誰かにとっての、ときどき逃げられる存在になりたい。そうなれていたら嬉しい。

私も今日は、甘えられる人にいろいろ打ち明けた。つらいと思っていたことでも、言葉にすると自分が悪いと自覚する点はいくつもあって、それがつらいんだけどそれをちゃんと見つめて繰り返さないようにしないといけないんだろうなと思った。



〈森に落ちていくとき、突き刺さることしか考えられなくて針葉樹が刃物に見えた。だれかに、死について気安く話してはならないよと習ったから、いつまでも死について考えられる権利が得られない(死ぬまで)。〉

最果タヒ『空が分裂する』収録「永遠」より引用)

空が分裂する (新潮文庫nex)

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死じゃない言葉で、私の怖いことや、好きな人といちばん好きな瞬間に一緒に壊れたいと思う感情をあらわしたい。まだその言葉を見つけられない。