〈今はとて宿かれぬとも馴れ来つる真木の柱はわれを忘るな〉
これは源氏物語の「真木柱」に出てくる歌。
私がいなくなっても真木柱は私のことを忘れないでね、という歌。
ここで歌われる真木柱は、単純に柱だけの意味ではなく、おそらく人のことでもあるのだが、でも自分がずっともたれていた家の柱に宛てた、いとしさでもあると思っている。
私は、もの言わぬ物に心を見る感覚が好きなんですよね。
本も話しかけてくると思っているし、車も生きていると思っている。その感覚は危険だと言われるときもあるけど、でも私はもの言わぬ物たちが好き。ときに、感情をあらわにするものよりも。
〈山の辺に茂る草叢から、ふと私に呼びかける花があった。〉
(志村ふくみ『語りかける花』より)
志村ふくみ『語りかける花』
- 作者:志村 ふくみ
- 発売日: 2007/11/01
- メディア: 文庫
染織家のエッセイ。まったくこの方のことを知らずに、タイトルに惹かれて読んだ。
染物の染料となる草木や自然を見つめて、ときにそれらと語り合った日々の出来事を書いている。花は生きているけど言葉を発しない、けれど語りかけてくる、感情のかわりに匂いや色や佇まいが、目の前に鮮烈にあらわれる。
植物以外にも、絵、色彩、四季、和歌、仏像、志村さんの目に映るさまざまなものが彼女にかたりかけ、彼女を呼び、不思議な絆を生む。
すごく良かった。
私にとって、語りかけてくるものたちは、書棚に並んだ本、ぼろぼろになった愛車、自室のぬいぐるみ、練習の用具。
もっと感性のアンテナ張っていきたい。
〈夕刻、もうこれまでと思い切って機を下りようとしたら、ふと呼びとめられる気がした。「早く帰ってきて、きっと」子供に呼びとめられたようで胸が騒いだ。機からこんな風に声をかけられたのははじめてだ。冬中、二人っきりだったものね。〉
(『語りかける花』収録「能見日記」より)
志村さんの色彩論も面白かった。
もの言わぬ物に、心を見るのは、でもお茶の世界でもあるもんね。けっして不思議なことではないと思う。
5日
練習、片道1時間くらいかかるので、昼までの練習でも片付けてご飯食べて帰宅すると結局14時を超えていて一日終わった感じがするんだよなあ。
練習のあと、そっと志村ふくみさんの本を読んで、うちに帰ってお風呂に入って、明日からの心づもりをして、私の五日間はおわり。
今週のお題「おうち時間2021」