本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

ねじれていても、いい理由(三十四になりました)

この前、誕生日でした。朝からどたばたな一日だったけれど、帰宅すると夫が可愛い花束をくれて、ご飯も作ってくれていた。とても嬉しかった。いつもありがとう。

最近は忙しいような暇なような。

先日飲み会があって、べろべろになり、翌日は使い物にならなかった。前も同じようになったことがあるけど、前の方が楽しかった。それを認めてしまうと悲しいので、認めたくないと思って過ごしていた。

人生の中に、心がぐっとねじれる瞬間とか、私をねじれさせる存在があって、それがあるから日記を書いたり詩になったりもするんだけど、ずっとその状態だと苦しい。しかし、そうなる要因から離れると、私から文学も失われていく。文学というか、心が動く感覚が減る。

自分をコントロールできなくなるくらいならその要因は無いほうがいい。言い換えれば、うまくコントロールしながら過ごせたらいいのだけど。

 

最近ケーキにはまっています。

本の話もしていいですか、『ブルーピリオド』の新刊を読んでから謎にブルーピリオドの再ブームが私の中できていて、読み返している。

作品の話から対人間の話になったからかな、新刊が心にしみたの。

あってほしいものほど遠ざかり、変わってほしくないことほど裏切っていく。

 

そういえば先日髪を切ったんです。夏までは短くいたくて。

その美容室で読んだ本がこちら。村上信五横山裕が表紙を飾る『anan』

ヨコヒナ世代なんですよね。レコメンとかめちゃ聴いてたよ。二人の関係性は二人にしかわからない、すごく仲がいいわけではないしある意味金づるだけど、どちらかが不在になるのは考えがたい、という。言葉にするのが難しい関係のふたり。腐れ縁?

関係性といえば最近キョンキョンのドラマも見てるのね。『続・続 最後から二番目の恋

あの中で、あなたを見ていると心がチクチクするけどそのチクチクはそのまま置いといてもいいんじゃないかなっていう台詞があった。上のananとかも読んで、ちょっと思ったのは、利害関係であったとしても利用価値があるなら、そのまま置いといていい関係性もあるんじゃないかなということ。

もちろん、利用されて害を被るだけとかは駄目だけど、でも利用したいなって思ったり、メリットを与えるという価値があるのなら、それもある意味重要で、必要な人間関係なのかもしれないなって。

※そう思っただけであって、私が誰かに利用されているわけではないです。

 

ねじれていると自覚しても、ねじれていることに意味があるという言い訳を探しているだけなのかもしれないけど。

 

まとまりないけど、可愛いたまごやきも食べたので見てください。