私は自分で思うよりも感情が表情に出ているらしい。イライラしてましたよね、と言われて、心外だなと思ったけど、その人には見すかされていたんだろう。
今日は、うれしくてどうしても笑ってしまった。ないだろうな、と思っていたものがあんがいすぐ、近くに見当たって、見つけたときに頬が緩んでしまった。公の場で恥ずかしかったけど、たまには喜びを人に見せてもいいよね。
とっくにいつも、ばれているのかもしれないけど。
先日、年下の子と話していて、その子が急に涙目になった。焦ってどうしたのか聞くと、「もう(私と)会えなくなるのが……」と泣きながら答えてくれた。私にもこうやって思ってくれる人がいるのか、とは思わずに、とりあえずこちらも涙が出てきてしまった。時刻は朝の八時台。まだ早いよー。
そのくらいの歳になるとだんだん気づいてくるよね。人生でもうあまり会えない人とか、とりあえずの約束はしても、守りきれないであろうこととか。

ひまわり。いただいた花束のなかに入っていた。部屋にひまわりがあると、ぱっとする。さやかになる。
高村光太郎『緑色の太陽』を再読した。
光太郎が首(頸)について語っている。
知り合いの首を褒めたり、つくってみたいと想像したり。
関係あるようなないような話だけど、私も首(頸?のど?)が気になるタイプで、形というよりは生き物としての首そのものに興味がある。呼吸したり、苦しくなったり、動いたりするさまが。
職場の人にすすめられて中島敦の「名人伝」を読んだ。私は山月記のほうが好きかな……。その人は梶井基次郎の「檸檬」は意味わかんないって言ってたけど、私からすれば「檸檬」もだいたい「山月記」と同じようなことを伝えたいのでは? と思ったりする。求めるところには届ききらない焦燥みたいな。

