日曜日
早く起きられたら、京都に行こうという話をしていた。……起きると朝8時だった。
「じゃあ出かけよう」と夫が言う。
「私たちがこんなに上手くいくなんておかしいよ!」
「じゃあ寝ようか……」
「いや、行こうよ!」と意を決して出発。
今回の弾丸旅には目的があって、学生時代にアルバイトしていた書店が今月末で閉店するのでその前にもう一度立ち寄りたかったのだった。
私が長期で働いた初めてのバイト先だった。
何もできなかったのでつらい思い出のほうが多いのだけど(レジで信じられないほどの滞留を生み出したり、ないものを取り置きしたり、反省文を書いたり)、いい記憶もある。
パートの人に励ましていただいたり、同期と『本屋の森のあかり』を読んで励まし合ったり、
アルバイトの先輩になぜここで働こうと思ったのか聞いたら(今考えると対して話したことも無かったのによくそんなこと聞いたな)、
「本は好きじゃないけど本屋さんは好きだったから」と答えてもらって感動したり。店長に本をいただいたり。
バイト行きたく無さすぎて、テナントが入ってるビルの休憩所でぼーっと座っていた夕方、バイト先へ向かう改札を抜けたときの風、駅地下の花屋の色々、ドーナツ屋の香り、キオスクで買ったおやつ、バイト帰りのホームで聴いていた音楽、かろうじてまだ生々しく思い出せた。
あのころはまだたくさん本を読んでいたし、買っていたし、読める気もしていた。今はあまり、読めなくなっている。でも本は好きだよ。
京都に着き、他にも少し用事があったのでまずそこを済ませる。電車の車窓から街を眺める。
京都は、人は多いんだけどあまり落ち着かない感じはしない。むしろしっくり過ごせる気もする。どうしても人生立ち行かなくなったら京都で暮らして何か全然別の仕事をして生きてみたい。と、思ったりした。
改札を出て、見覚えのある光景にどぎまぎしながらお店へ。もう売り切れているコーナーもたくさんあったけど、楽しそうな本も多く置いてあった。
店内でそばを通った子どもが「このお店、おわりなん?」と母に尋ねていた。「そうよ、さみしいねえ。お母さんこのお店けっこう来たよ」
本は、色々買った。煙草についてのアンソロジー。生きものが死ぬ本。デザインの本、古典の本。煙草屋さんが消えていくように、本屋さんも希少な存在になっていくのかもしれない。本と煙草は少し似ていると思う。

本についての知識も、本屋さんの知識も(本当に少しだけ)教えていただいた。お世話になりました。
土曜日
カマタマーレ讃岐(サッカーチーム)の試合を観に行った。
生まれて初めてサッカーの試合を生で観戦したけど、楽しかった。みんなであーだこーだ言いながら応援できるのがいいね。附木選手がひたすらがんばっていて、感謝の気持ち。
『九龍ジェネリックロマンス』を相変わらず観ている。涼宮ハルヒみたいな展開になってきた。
金曜日
色々なことに嫌気がさし、疲れ、翌週に有給をたくさん詰め込んだ。何をしようにも誰かと関わらなくてはいけなくて、そんな世界のシステムにも疲れた。やっぱり人と仕事するの向いていないと思う。
と、ここまでさかのぼって書いてきて、くるっとまわって月曜日。
仕事に行きたくなくて、少し部屋を空けたりして、そんなときに限って誰かから何かがあったり。あと最近、自分のことがあまり好きになれない。気持ち悪さが勝ってしまう。
そんなことは置いといて、仕事帰りに書店により、そしてお茶をした。

バランスを崩さないように、そして憂鬱にとりつかれないようにするのはなかなか難しいことです。何もかもが激しさを増します。おわかりでしょう? 孤独の素晴らしさのひとつに、それがあるのです。誰も、その激しさを壊すことはできません。
結婚する前は今日のように、好きなところへ行き好きなだけ、気ままに夜を過ごしていた。
今は、今もそんな過ごし方はできるけど、何をしていても、帰らなきゃなあと思うようになった。それは私なりの愛だと思う。ともに生活をしているから、孤独を捨てる。
そして、大切だから距離を置くことも、しなくてはいけないと思う、私はそうしてバランスを取りながら生きていたいタイプ。
