本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

アイスティーを飲み干すまでに書く日記

ひとりになりたいと入った喫茶で全然ひとりになれない、今の私です。

ひとりで作業したいと思った職場でちっともひとりになれず、会う予定のない人とも顔を合わしてしまい、(仕事部屋暗くしているのになぜか皆やって来る…ありがたいけど)早々にきり上げて入った茶店では光と音が気になって、けどアイスティーがなみなみ注がれていて出られない。

職場ではおみやげが置かれていた。最近よくおみやげをくれる。嬉しい。

 

最近、光が気になる。最初は日焼けしたくないくらいの気持ちだったけど、今や光が怖いくらいの気持ちで光が気になる。私を照らさないで。

私を見つけないでほしいし、私を照らさないでほしい。知り合いはトンネルに入ると呼吸ができなくなると言っていたが、私はまぶしいところに居たくない。刺激が強くて苦しくなる。お盆は大体部屋で過ごした。それはそれで気が煮詰まってくる。我儘だ。

ひとりの自分も必要なのだと気づいて、それを実行するのがようやく今日だったのだが、どこにいてもひとりになれない。

かと言って、誰かと何かを作りたい私もいる。アイスティーはあと三分の二残っている。

人に貸した本が、今日、机上に置かれていた。返す時に言葉がなくて寂しかった……というのは独りよがりの感情なのでしまって知らないふりをしておく。私は言葉をあげたけどな。いかんいかん。

優しくされるよりも、本や音楽を教わるほうが業が深い気がする。関係が断たれたあとも引きずるものが大きい。時によみがえる時限爆弾のように。

昨日から部屋の片付けをしている。古い日記も使わない魔法のコンパクトも捨てた。まだ捨てられないものもいくつかあるけど。文フリに出した日記本が出てきて(ここの日記をベースにしている)懐かしかった。昔のほうがきちんと書いている。ひとりきりだったからかもしれない。

茶店の客は減るどころか増えてきている。こんな日に限って読む本が一冊もない。この前は鞄にニ冊も入れていたのに…あと三分の一。

最近読んだ本

近藤康太郎『百冊で耕す』

ブックガイドと見せかけて、案外ロマンチックな本だった。物体として本を使いたいし、本を読む孤高な女になりたい。

 

平野啓一郎『私とは何か 「個人」から「分人」へ』

人は関わる相手によって、その相手の前だけで発せられる「自分(分人)」が存在している…というような内容。そうかも。だってあの人の前でだけ上手く自分でいられないとか、言葉が変わるとか、あるもの。自分の矛盾が。

飲み干した。付き合ってくれてありがとう。これを読んでいるここから少しあとの世界の皆さま。