本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

そうそうこんな感じ/悪夢

悪夢を見る。どちらとも他人から疑われる夢。

15日
ソローに行った。チャイをのみながら、王立宇宙軍の話などした。昔同じ店で会った人がなんだか健康そうになっていた。みんな生きててよかった。

16日・17日
練習しながらハーゲンダッツ食べる。

18日
午後から出張。夜はわがままを言ってしまう。でもわがままが言葉になったのはいいことなのかも。

19日・20日
習い事の行事。
去年はコロナで中止になった。みんなが集まるのはとても久しぶりで、懐かしい気持ちになった。怖いことも楽しいこともそうそう、こんな感じ。
土曜の夜はたらふく餃子を食べてめちゃくちゃ早くに寝た。

日曜、好きな先輩に話を聞いてもらって最近のことなど報告する。季節の変わり目は心身ともに調子を崩すこともあるから気にしなくていいよ、って言ってくれる。

久しぶりの対人関係で疲れが出たのか、一日に二回も悪夢を見る。怖かったけど、怖いと人に話したらだいぶ安心した。いつでもいるよ、と言ってくれて嬉しかった。

ひとつ大きなことが終わったので、つかの間すこしゆったりしたい。(練習時間は増えていくんだけどね)


春を告げる

春を告げる

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積極

最近、心の調子が良くない。思うようにならなかったときに感情を抑えられない。
三者からの視点が欲しくて、職場に来てくれるカウンセラーの先生に面会をお願いしたいなあと、なんとなく思っていた。
担当の人に聞いてみると、今日ちょうどキャンセルでひと枠空いたとのことで、急遽話を聞いてもらえることになった。

相談したのは、職場でよく泣いてしまうことについて。対人関係が原因で涙が出てしまうことについて。過去の経験もふくめて話した。

カウンセラーの先生いわく、
涙が出るのは記憶の中のトラウマが呼び起こされるから、らしい。
頭では(感情を抑えなくてはいけないと)理解していても身体が先に反応して泣く。

泣くという行為を幼少期からどのようにしてきましたか、と訊かれて、私は自分の意見を言えないままひたすら泣く子だったと説明した。

涙でしか感情を表す方法を知らないから、涙が出てくるのかもと言われた。

そしてそういう反応が現れるのは、自分と相手が以前より近づいているということでもある。
泣くこと自体を否定的に捉えることもできるけど、ある意味このハプニングは他人と新しい関係を作るうえで発生している出来事で、心の距離が近づく「積極」の中で起こっていることなのだと先生は言っていた。

そこで思うようにいかなくて、怖くなって泣いてしまうのは、他者と自分が近づいていくことに心のどこかで不安を感じているから。そこに恐れがあるから。

過去の経験から、相手に否定されたらどうしようと思う不安があり、その不安を打ち消せるほどの自信が自分の中に築けていない。
だから相手に近づく途中で、失敗や否定のトラウマが呼び起こされて涙が出てくる。

というような話をしてもらった。

誰かひとりでいいから「この人は大丈夫なんだ」「この人は自分を否定しない」と思えるような絆を築くことができたら、めそめそ泣くことはもう無くなっていきますよ。とも言われた。

今の職場に変わってから心の調子は良くなってきたと思っていて、だからこそ最近の感情の振れ幅に戸惑っていたんだけど、
逆に言うと職場に慣れてきて、その中で新しい関係が作られていることのあらわれ、がこの感情の揺れということなんだと思う。(うまくいえないけど)

相手を(この人は自分を否定する人ではないと)信じることが第一歩らしい。


本当は職場だけでなくて大切な人の前ではいつも泣いてしまうし、それが本当に嫌だし、良くないことだとは思うのだけど、
本当に好きで本当に近づこうとしていたから、泣いていたのだろうか、と後で思った。


いろいろ話をしながらまた泣いてしまったけど、カウンセリングを終えて、散らばっていた感情たちになんとなく整理がついたような気持ちがした。




松井玲奈『カモフラージュ』

桃の話はなんとなく好きだった。
果物にフェティシズムを感じる界隈って定期的にあらわれるよね。

本当のことを書きたい

会社員にむいてないから、書店員になりたい、という会話が聞こえてきた。
(会社員にむいてる人が書店員になったほうがいい)と私は思って、ひがみっぽくて何も言わなかった。
どこかがきっちりしてないと、本屋さんってうまく行かないと思う。社交性もそこそこ必要だし、サラリーマンのようなものだと思う。


11日
恋愛相談を受ける。
でも、自分が自分のままでいられてそれでもとんでもなく優しい人っていると思う、って話した。
そのあと予期せぬ出来事があって、動揺して泣いてしまった。
なぜ自分はこんなにも感情的になってしまうんだろう。子どものように泣けばいいんだと思っているんだろうか。

そんなときにも歯医者には行かないといけなくてさっと帰った。
歯医者さんに行くと少し落ち着いてきて、帰りに寄ったお店で、なんだかすっげー柄シャツでも買っちゃおーと思って、可愛い青のシャツ買った。美術館とかに着ていきたい。

今の職場はとても好きなんだけど最近、仕事のあいだにも感情がコントロールできなくなることが多くなってしまった。それを上司に話すと、「ここがそういう所なんでしょう」とか「タイミングが悪い日だったんだよ」と返してくれる。そう返してくれることが温かかった。

12日
朝は練習、夕方からもう一度練習。
帰りにアイスを買って、アイスを泣きながら食べて愚痴を聞いてもらって元気になる。

13日
人の書いた日記を見せてもらう。
私にとっては、その人の言葉はとても魅力的で、もっと読みたい。
でも、その人は見せられないと思うらしい。
引き換えに私も自分の日記を少し見せてみる。
確かにすべて見せたってきっと問題はないんだけど、すべては見せられない、と思ってしまった。
それは自分の心のことを書いているからだし、ある程度本当のことを書いているからなんだと思う。
この日記はある程度本当のことだし、だけど隠してぼかして書いている。
「でもたまに、本当のことだけをそのまま書きたいって思うよ」って話をした。
だから、写真のアルバムを作り始めたのかもしれない。
ニトリで椅子を買って、ベランダで餃子を食べた。もう夏だね。

14日
疲れが残っていて、やる気も出ないのでスーパー定時退社する。
ギャラリー「MOTIF」さんでSOWAさんの展示を見る。「花の仕事」。

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めちゃくちゃ良かった。上品ファンシー。
去年ここに来てから一年くらい経つんだなあとしみじみした。昨年、階段に横たわっていた鏡はもうどこにも無かった。


ベランピングといえば!

天野こずえARIA

宝探しの話に、この街ではテラスを持つことがひとつのステータスになっている、というセリフがあるらしい。(私はすっかりわすれていた)

ばくだん/イレギュラー

ばくだんジュース、駄菓子屋さんにある甘くて毒々しい色のやつ。と思って検索かけたら出てこない!でもあるの。
そんな、ばくだんジュースみたいな一日だった。

9日
朝、連絡がくる夢を見る。
かばんを忘れて出勤する。(貴重品は持ってた)それを告げると「もうろくおぜうさん」と言われた。
そんなこと露知らずみたいな顔ですれ違う同僚に手を振る。あとから聞いたらその同僚もけっこうなミスしていたらしい。

昼、とても素敵な提案をされる。こっそりランチにいく。
夕方、恋愛相談を受ける。その話に出てくる人が、なんだか私が昔好きだった人に似ている。

夜、残業。ひさしぶりに仲の良い人と一緒に作業する。もう空気が夏。
悩んでることを聞いてもらう。すっと腑に落ちる答えを返してくれた。誰かにとってはそうでも、自分にとってはまた違う、そんな風な。

「小説書いてる?」と聞かれて「書いてない」と答えた。
「日記は?」「週に一度くらい」

でも、言わなかったけれど、本当は今日短歌をつくった。すごくひさしぶりに。
そして小説も読んだ。すごくひさしぶりに。
言葉は自分から近づいてこないけど、失っても遠ざかっても私の中から必ず再生する。

家に帰ると連絡がきたから、正夢になった。嬉しかった。

イレギュラーな、来客の絶えない日。
普段買わないばくだんジュース、のような、たまにしか許せない甘くて心惹かれる色の日。
大切な人に、幸せでいてほしい。

〈「フリーサイズの恋ってどんなの?」/ちょっと興味を引かれたので、わたしは訊いてみた。/「相手に期待せず依存しない。不測の事態が起きても自分でなんとかする。相手の状況に振り回されない、どんなサイズも受け止めるフリーサイズのシャツにお互いがなる、という恋」/「すごく楽ちんで安定した感じね」/「お洋服に置き換えると、すぐパジャマにされそうな感じね」〉

(凪良ゆう『わたしの美しい庭』収録「あの稲妻」より)

連作短編集。「あの稲妻」か「ロンダリング」が好き。引用した部分は、なんかどきっとさせられた。内容が重すぎなくて、かつ最後まで〈わたし〉のことに深入りせずに終わるのがいいと思った。

〈相手に依存しないって、いうなれば相手がいなくても特に困らないってことだから 〉
(同上より)

星と、うさぎと美術館。

7日
おにく食べる。いつも1ヶ月先を生きているため、七夕の飾り付けをする。星に願いを。
短冊書いてくれますか、と頼むと周りの人は意外とこころよく書いてくれることにおどろく。
私の願いは「仏生山温泉のかき氷がたべられますように。」

8日
ミッフィー展の期間が延長されているときいて夕方に美術館へ駆け込む。
残念ながら最終入場時刻が過ぎていて展示は見られなかった。がーん。

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ショップは開いていたので、レターセットと絵本を買う。サンリンシャの軒先で少し読む。

さいころ高松市立図書館の絵本コーナーに置いていかれ(母はそのまま1時間くらい仕事に行ってしまう)てたころ、よく「うさこちゃん」の絵本を読んでいた。幼少期の絵本の記憶はあまりない私だけどそれだけは覚えている。

〈この えは とても いい。/しまの もようが ほんとうに きれい。/でも、どっちから みたら いいのかしら?/ほんとうは よく わからない。〉

ディック・ブルーナうさこちゃんびじゅつかんへゆく』より)

とても短い話なんだけど、美術館で作品を目の当たりにしたときの、感動とともにおりてくる戸惑いとか、こっそり感じる「よくわからなさ」とか、までも、表していて感心した。
「ほんとうは よく わからない」っていうのがいいよね。

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この場面ちょっと怖かった。