本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

海を読んで 海へ行く

時間があって、本屋へ言った。

商店街にある羊雲さん。ずいぶん久しぶりだったが、店主の方はまるで昨日会ったかのごとく、気さくに話しかけてくれた。

千早茜の『からまる』を買う。各章のタイトルが気になって。

夏のアーケード街は白っぽく見える。不思議と。

本はあとで読むかと思いきや、わりとすぐ、その日のうちに読んだ。

短編集だけどそれぞれの話が少しずつ絡まりあっている。そして、何かしら生き物が出てくる。砂だけは死骸かも。私は動く生き物が苦手で、とくにぬめぬめしたものは嫌いくらい苦手。なので細めで読んだところもある。でもこういう、生きているもの、近くで言えば人間、もっと近くで言えば体の器官、みたいなものを書いている文章は好きなんだと思う。特にここ数年は「身体」とか「傷」という題材に惹かれている。

わたしは傷を治したくないのだ。あの男のつけた傷を。

千早茜『からまる』(角川文庫)より引用

千早さんの本を以前読んだとき、冷静な語り口のなかに暴力性が押し隠されているような気がした。抑えられない本能があるから、理性でがちがちに固めている感じ。でもそれが爆発する瞬間も描いていて、そこを良いと思ったーーことを思い出した。この本でも、この引用した部分が好き。たまらない感情の熱に救われた。

そして今年はまだ海に行っていなかったので、小説を読みながら海を感じた。海にある砂は死骸でもあるのだと、かつて沖縄で感じたなとか。海を思い出した。

後日本当に海に出かけた。出先で少し、どうしようもできない時間があったので。もっと涼しい時に、もっとゆっくりしたい。

あのとき何かを撮っていた知らない人も、彼だけの海を楽しんでいた。

 

全然関係ない話しますね。きょうは急に思い立って小説を書いていた。すごく楽しい。

自分で自分の物語がわからなくなるんだけど、それは物語が自分の思考より先に在ったのではないかと錯覚できて、その感覚も懐かしかった。

 

アイスティーを飲み干すまでに書く日記

ひとりになりたいと入った喫茶で全然ひとりになれない、今の私です。

ひとりで作業したいと思った職場でちっともひとりになれず、会う予定のない人とも顔を合わしてしまい、(仕事部屋暗くしているのになぜか皆やって来る…ありがたいけど)早々にきり上げて入った茶店では光と音が気になって、けどアイスティーがなみなみ注がれていて出られない。

職場ではおみやげが置かれていた。最近よくおみやげをくれる。嬉しい。

 

最近、光が気になる。最初は日焼けしたくないくらいの気持ちだったけど、今や光が怖いくらいの気持ちで光が気になる。私を照らさないで。

私を見つけないでほしいし、私を照らさないでほしい。知り合いはトンネルに入ると呼吸ができなくなると言っていたが、私はまぶしいところに居たくない。刺激が強くて苦しくなる。お盆は大体部屋で過ごした。それはそれで気が煮詰まってくる。我儘だ。

ひとりの自分も必要なのだと気づいて、それを実行するのがようやく今日だったのだが、どこにいてもひとりになれない。

かと言って、誰かと何かを作りたい私もいる。アイスティーはあと三分の二残っている。

人に貸した本が、今日、机上に置かれていた。返す時に言葉がなくて寂しかった……というのは独りよがりの感情なのでしまって知らないふりをしておく。私は言葉をあげたけどな。いかんいかん。

優しくされるよりも、本や音楽を教わるほうが業が深い気がする。関係が断たれたあとも引きずるものが大きい。時によみがえる時限爆弾のように。

昨日から部屋の片付けをしている。古い日記も使わない魔法のコンパクトも捨てた。まだ捨てられないものもいくつかあるけど。文フリに出した日記本が出てきて(ここの日記をベースにしている)懐かしかった。昔のほうがきちんと書いている。ひとりきりだったからかもしれない。

茶店の客は減るどころか増えてきている。こんな日に限って読む本が一冊もない。この前は鞄にニ冊も入れていたのに…あと三分の一。

最近読んだ本

近藤康太郎『百冊で耕す』

ブックガイドと見せかけて、案外ロマンチックな本だった。物体として本を使いたいし、本を読む孤高な女になりたい。

 

平野啓一郎『私とは何か 「個人」から「分人」へ』

人は関わる相手によって、その相手の前だけで発せられる「自分(分人)」が存在している…というような内容。そうかも。だってあの人の前でだけ上手く自分でいられないとか、言葉が変わるとか、あるもの。自分の矛盾が。

飲み干した。付き合ってくれてありがとう。これを読んでいるここから少しあとの世界の皆さま。

 

 

 

 

 

 

一度切ったらどんどん切りたくなる

伸ばしていた髪をばさりと切ってしまえば、一ヶ月後の予約のときにはもっと切ってショートカットにしてしまおうかと思えるくらい、すぐ慣れた。一度切ってしまえば、心のハードルは一気に下がって、すぐ切れるようになってしまうんだな。身体のどの部分にしても。

人から借りていた本をずっとあたためていて、ようやく余裕ができて読んだ。読んでいくとだんだん気持ちがのってきて、次は何を読もうかと部屋の本棚を眺めたりする。スカートのポケットに新書を入れて持ち帰ったりする。

近藤康太郎『三行で撃つ』

最近わざと言葉をなくして、わざと鈍感になりたがっていたのだけど(心を動かして疲弊したくなかったから。言葉にすると、心が動いた記録になってしまうから)これを読んで、また、何かを書きたいなって感じた。

感性を、感覚を、人が気にしないようなところを気にするのは自分の弱点だと思っていたけど、そうとも言えないのかも…。ならばいっそ、どんどんマイナーを磨いていきたい。

夫は最近、ずいぶん久しぶりに『女神異聞録ペルソナ』をしている。PS1のほう。

今のペルソナとは違う、初期の少しホラーな感じが好きらしい。わかる。面倒でやめていたけど、やり始めると、やっぱり進めたくなるんだって。

胡蝶の夢がモチーフになっているのがいいよね。

 

 

…そんなことたちと同じように、人間のことも。

誰かのことも、あなたのことも、あの人のことも、自分のことも、一度気になると、心にひっかかる。人のことを知ると、もっと知ってみたくなる。他人に対する執着というか、感情がまだたくさんあることに驚く。もっとドライでいたいのに。

 

あらゆることがどんどん進んでしまう。動き出すと。それが少し憂鬱だ。というか、不安だ。いつも。今も。

 

 

今週のお題「最近変えたこと・変わったこと」

あたらしいのと、今はこれでいいのと。

新しいイヤホン買ってもらった!

知らなかった音がたくさん聴こえる…。

最近スケルトン気になります、可愛いよね。

髪も15センチくらい切りました!

伸ばしていたので、切る前は不安だったけどけっこう気に入っている。気分軽くなったー。

 

最近は夜の街を歩いたり、停電したり、カレー屋さんで7000円使ったり、怪しい店の前を通ったり、遠かった人とちょっと話せるようになったり、本を貸しに人が訪ねてきてくれたり、わりと楽しい。梅雨もやっと終わりそう…。

 

このまえ職場で面談したとき

「何か言いたいことありますか?」

「特にありません」

「不満は?」

「恵まれた環境にいるのでありません」

みたいなやり取りをしていたら

「全てが順調ということ?」

と聞かれて、それは違うな…となった。

いまも、だいたいは楽しいけど、足りていないことも叶わないこともある。けどそれを説明するのは難しい。理解してもらおうとも、あまり思わない。

美容室でも「どうしたい?」と尋ねられて「できたら切りたいけど(そのままでも)どちらでもいい」「髪のお悩みは?」「ありません」「……何かあった?今日」

何もない。何もないから、そんな回答になるのかも。

何もないの裏にたくさんの何かがある。でも見せる気持ちじゃない。

そんなことは今日もあった。伝えたいことはあるけど、もう言わなくてもいいかなって、泣いて、ご飯を食べた。諦めてるわけじゃなくて、自分なりに考えた結果だから、いいと思う。今はこれで。

 

好きなのかもしれない

洗濯機の音、お風呂を入れる音、雨音、冷房の音、夜が騒がしくて安心する。

6月は長くてつらい。気圧も不安定で仕事もばたばたしており、自分だけでなく周りも心なしか苛立っている。ある人に話しかけると「今話しかけてきた奴、だれでもいいから殴りたくなる(くらい、イライラしている)」と言っていた。落ち着け。

先日あるお店に行ったら、ぜんぜん本屋ではないお店なのだが本がたくさん置いてあった。

本屋さんの話などした。楽しかった。

本が好きだと公言していると、いろいろな人が本の話をしてくれるので嬉しい。つまり私は本が好きなのかもしれない。

 

『GINZA 2026年6月号 GINZAガール、山へ行く』

可愛かった。串田孫一がたくさん出てきて嬉しい。山(関連のもろもろ)っておしゃれだよね。山がそうさせるのか?

緑の五本指、の絵で意味がわかってしまうのはBUDDHA BRANDのおかげ。

「してはいけないこと、しよう」楽しい特集だった。

 

最近は切り替えたい。

いらないものは手放して、不要なものは断って、新しい風を入れてみたりしたい。