本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

自分の価値を他人にゆだねる(のは、やめたい)

火曜日

眠たいなと思って椅子にもたれていたら

「調子悪い? 大丈夫?」と声をかけてくれた。

「調子、いいです」と思わず答えた。

とても平穏で、何もないけど、私なんのために生きてるんだろう? と思う瞬間もある。やっぱり調子が悪いのかもしれない。

 

手紙を二通書く。一通はずいぶん前からあたためていたもので、やっと手が動いた。もう一通は昨夜、書こうかなと思って書いた手紙。書けるときに書く。

封筒と便せんが一致していないが、まあいいだろう。

 

他者の前で、うまくふるまいたい自分とそうできない自分とがいて、いつも苦しい。

嫌われたくないという枷が私を余計に空回りさせる。でもやっぱ駄目。言葉が出てこない。せめて時が止まったかのように、いても良いんだと思うことができたらな。

 

今年は本をちょこちょこ読みたいと思っている。最近年に3冊くらいしかちゃんと読まない。

職場のすごく有能な人は本をたくさん読んでいる。忙しいはずなのに。その人は「今度マラソン大会に出るんです」とも話してくれた。すこやかな精神はすこやかな身体から。

そのひとがくどうれいんの本を読んでいた。手元にあった別のくどうれいんを読むと、なんとなく心に刺さるフレーズがあり、帰宅してからぱらぱら読んだ。

 

水曜日

最近人を傷つけてばかりだなって思う。

あと、コミュニケーションうまくとれない。これを言ったら◯、ここからは✕、と札を上げてほしい。

仕事を一段落させると同時に、急に作業部屋に人がたくさん来て焦る。みんな同じようにブレイクタイムだったらしい。

本を読んであなたのことを思い出しました……とある人に言ったけど、気持ち悪かったかもしれない。ごめん。

 

くどうれいん『コーヒーにミルクを入れるような愛』

思っていたよりくどうさんは陽キャだった。短歌の人はやっぱりキラキラしている気がする。

わたしの浅はかさなんてとっくにわかっていて、わたしがこれから何を話そうと、このひとの心を動かすことはできない。(略)……となると、より、何を話していいのかわからなくなった。

(『コーヒーにミルクを入れるような愛』収録「見ていないし、透かしていない」より引用)

この「見ていないし、透かしていない」というエッセイがすごくよかった。他者を鏡にして自分の価値を映そうとするのをやめたい。

 

一方的な感情やコミュニケーションを相手に押し付けて、自分の価値を試したり、測ったりしたくない。でもしてしまう。

だから余計に知りたくなる。どこまでが許されるのか。もうだめなのか、まだいけるのか。

 

なみだがつめたいなつがこいしい

月曜日

「今日あったかいですよね」と声をかけられる。「ああ、そうですね」とか答えた気がするけど覚えていない。実際は何もあたたかくない。私の世界は冷えている。気温は、正直わからなかった。

 

火曜日

知人が家に遊びに来る夢を見る。ファミコンをしていた。

夢を見るのは少し楽しい。身体の気分転換なのかもね。

 

水曜日

急に寒くなった。寝ころんだままあくびするとその涙もすぐ冷たくなっていく。涙が冷たいなんてことあるんだ。

夏の写真を見る。夏は嫌いだけど遠くにあると夏が恋しくなる。

公式で仲の悪い人がいる。その人が珍しく私の作業部屋にやってきて、少し話をした。もう一緒にいる時間も長くないとわかっているので、喧嘩もしない。相手に期待しなくなったら接するときの感情がぐっと楽になった。

どのみち、こうして話したり、過ごしたり、そういう時間も今後はないと思う。諸行無常ってかんじ。

 

植本一子『ここは安心安全な場所』読んだ。

私も知らない人と知らないところでワークショップしてみたい。

わたしを失って、そこで見つけたわたしを、持って帰りたい。

植本さんは感情の密度が高い人なんだと思う。1の言葉で表すところを100くらい言葉を尽くしてくれそう。

期待しなくても、そばにいられる(そういう状態で過ごせる)誰かができるだけたくさんいるといいなって思う。

 

 

 

BBQと温泉・読んでいる本を教えたくない

キャンプしたいね……と3年くらい言い続けている。毎回起きられなくて頓挫している。

日曜は久しぶりに何も予定がない。寒さも和らいでいる。行くならここしかない。

 

8時 目が覚めるも、布団から出られない。

9時 お腹が空いたといいながら冷蔵庫を開けようとする家族をなだめ、支度をする。

10時 とりあえず朝マックを買いに行く。そしたら10:30までには外出できるから。

マックを待ちつつキャンプができそうなところに電話をかける。気さくな男性が出て、「不在にしとるけど来るならとりあえず始めとって」と言われる。スーパーで肉と野菜を、ダイソーでカセットコンロを買う。

12時くらい キャンプ場につくとふたりの男性がいるので、管理人さんですか?と声をかける。

「(管理人は)いま外でとるよ」と言われ、さきほど、来るなら始めとって、と言われたことを伝えたら笑っていた。その人たちから簡単に使い方を説明してもらい、とりあえずテーブルと椅子を組み立てる。貸し切り状態。

なんか思ってたイメージ(もっと森かと思ってた)とは違うけど静かで居心地よかった。

火力つよい。とりあえず焼きマシュマロ。チョコ入りマシュマロを焼くと、とってもうまい!

しばらくしてやって来た管理人さん(かっこいいおじさんだった)に「それ(地面に)直火で焼いてる?」と聞かれる。熱いので地面においたのだけど、そう見えるよね。肉おいしい!!!

「とりあえず焼いて叙々苑のタレにつけるとなんでも美味しいね」という結論にいたる。

管理人さんは「まだおるやろ?俺ら昼(めし)行ってくるけんやっりょって!」とどこかへ消えていく。フリーだ。

犬。まだ小さくてかわいい。油断してたら手首がぶってされて焦った。かわいい。

「うち口コミ悪かったやろ?」と、一時間後くらいに戻ってきた管理人さんが言う。いえいえ。(あとでみたら口コミは良かった)

BBQのあと残り火でカフェラテを温め直したり、本を読んだり、寝転んだりして気ままに過ごした。空は電線一つもない。

 

そのあと仏生山温泉へ。けっこう外国の方が多い。すごく西日がさしている。風呂上がりは身体がぐったりとする。座敷のつめたい畳が気持ちよかった。読書のつづきを少しする。

 

これは昨日読んだ本

島本理生『一撃のお姫さま』

表紙と帯に対して、内容が合ってないようなきもする。大半はしっとりした話だからなあ。

でも表題作は面白かった。どうなるか気になるな…と読んでしまう。

「God breath you」が一番好き。

島本さんの物語は、昔は若い女性が自分の拠り所を(年上の)男性に見いだしているような雰囲気が多かったが、この話は設定が逆のような感じがある。でも書かれていることは一貫しているというか…

異性によって傷付き、しかし異性との関係性が自分を構成する大きな要素でもあるというか…

表紙を除き、主人公は大人の女性なので、それも読んでいて親近感がわく。激しくないけどまだ落ち着きすぎているわけでもなく時折爆発してしまう。大人でもこんなかんじで恋していてもいいのだな、みたいな。

島本さんがいつも自分の年代の少し先を生きてくれていているのがありがたいと思う。

私がこの本を読んでいるのを見て「読んでみようかな」と言ってくれた人がいるが、少しどきどきしますね。

 

 

傷つける日/絵を見る日

金曜日

人を傷つける。私も傷ついた。

この人の前でなら傷ついてもいい、と思われるのもつらいものだと知った。

クールダウンしたくて、家族に許可を得てコメダでひとり夕食した。ひとりで気分転換して考える時間をとると、いくらか落ち着いた。

帰宅すると植本一子さんの本が届いていた。

家族が同僚から展示の案内をもらってきた。ギャラリーで展示ということになんとなく心ひかれる。明日行きたいね、と話した。

 

土曜日

いろいろ忙しくて疲れた。

「ChatGPTは賢いけど、感情の話をするとまるで駄目」と言う声が聞こえてきた。

「ChatGPTは沼」とも。

寄り添われすぎたら嫌になるのはなんでなのかな。エゴというものなのだろうか。

夜は絵を見に行く。こんなところにギャラリーあるんだ、みたいな感じだった。なかなか面白くて、素敵だった。誰かが表現したものがぽん、と置かれているのはいいね。それが知っている人だとなおさら面白い。

夜は夫と飲み会をする。

 

この日は本を読んだ。

永井玲衣『さみしくてごめん』

わかりあいたい、と強烈に思えば思うほど、あなたとの距離は信じられないほど濃厚になる。

(永井玲衣『さみしくてごめん』より引用)

 

この方が何をしている人なのか知らずに読んでいたのだが、学生をしていたり、先生をしていたり、社会人をしていたり、哲学家をしていたり、振れ幅の広さが少し羨ましかった。

最近、「わかりたい」という気持ちについて考えたばかりなので、上に引用した言葉が胸に響いた。気持ちいい言葉。

わかりたいと思ってしまうがゆえに難しくなる。でも好きにもなる。わかりたくない人はどうでもいいもんね。

最近、自分が相手にどこまでの自分を開示できるかっていうのは相手との関係性だけじゃなくて、お互いの性質の相性にもよるんじゃないかなって思った。

どれだけいい人でも、ここは見せたくないとラインを引きたい人もいるし、悪い人だけどこれくらいは知られてもいっか、とハードルが低い相手もいる。

あなたが私を知ることができないのは、私が私をひらけないのは、私だけのせいじゃない。

って考えるのもときには必要かもしれない。

 

 

あなたではなかった

これは本当にただの日記です

休日の朝にふと思い出した人がいた。

それから数十分ほどして知人から電話があった。彼の口ぶりで、そんなに明るい話ではないとわかった。それはその、少し前に思い出していた人の訃報だった。

数時間後に葬儀があるということで、ばたばたと準備をして参列した。悪い夢のようだった。

でも突然過ぎたわけではなかった。あまり良くないことは前々から知っていて、しかしなんとなく私の気持ちが向かなくてずっと会えずにいた。変わっていたらどうしようとか勝手に不安になっていた。当たり前だけど、会っておけばよかったと思った。そして当然だけど、もう遅い。

帰宅してからお腹が空いて、ミスドに行った。

なんと言えばいいか分からないけど、とにかくお世話になった人だったしあこがれの人だったし、感謝してもしきれないし。

まだ処理しきれていない感情が多い。それはそうだよね。

ここでいなくなるべきはあなたではなかった。という思いが一番強いかもしれない。もっといてほしかった。

まだ感情が定まってないなかで日記にしてもいいのか迷ったけど、

今、宇多田ヒカルのライブをアマプラでみてるんですけどそれを聴いててなんかいま書こうかな…と思った。

その直前に『異国日記』のアニメを見たのも大きいかも。一話が日記を書く話だった。

アニメのほうが私は好きかも…

あなたの感じ方はあなただけのものだからだれにも咎められないみたいな台詞がよかった(うろ覚え)。

 

日常を送る、普通に過ごせるし笑うけど、ときどき思い出す。そのときだけ、違う世界にいるようになる。でもまだ、ときどき思い出したい。

(これは話の感想ではなく私の感情)

 

今日はあんまりいいねつけないでね