11/14
昨日は落ち込んでいたけど、今日はきっと大丈夫。と思っていたけどやはり駄目だった。
15日
最近、仕事はパッと切り上げて、すぐに帰ってすぐに寝る生活。
16日
居眠りをして練習をすっぽかす。人に冷たく当たってしまう。気分で態度を変えるのは良くない。
17日
掃除しながらガールズトーク(私以外が少女)。夜は練習。そのあと、京都にいた頃の先輩に連絡した。彼女はいつも優しい。
注文していた雑誌が届いて嬉しい。
18日
なんとなく『インストール』の一節を思い出して、読み返していた。17歳って大きなアドバンテージだと思う。30をすぎて人生2周目に入った感があるのだが、17歳から17年経った34歳になったら、もう一度17歳のような焦燥にとらわれるのかもしれない。(あまり深く考えずに考えています)
自分も含め、職場のみなさんがあまりにも疲れているので、和菓子を食べる会を企画した。
夜はマルダカフェでほっと一息。生活の一部を取り戻す。
明日は長めの練習、がんばろう。
〈例えばこの若さ、新鮮な肉体。やがて消えゆく金で買えない宝物の一つ。(中略)/まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の一七歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。(中略)/もう一七歳だと焦る気持ちと、まだ一七歳だと安心する気持ちが交差する。〉
(綿矢りさ『インストール』より)
このフレーズを読み返したかった。本の栞の紐もこの頁にはさまっていた。
私は十代のころ『蹴りたい背中』ばかり読んでいたけど、こっちもちゃんと読んでおけばよかった。
なんかいいよね、焦燥感があってこじらせ感もあるんだけど、どこか、のうのうとしている。ふてぶてしい素直さというか、ちょっとピュアな感じがある。そこが十代ならではの瑞々しさというか。
こんなにも十代の姿を客観的に描いているのに、執筆当時本物の17歳というのがすごい。私ならこんなにありのままに描けない。綿矢りさって天才だったんだな。
映画版のヒロインが上戸彩なのだが、原作のイメージは上戸彩ではないような気もする。のだが、この映画の上戸彩は可愛かった。彼女がマネキンのように回されて、上に引用したモノローグが展開されるという場面が美しくて印象に残っている。
〈女子高生一七歳、肉体みずみずしく、良くも悪くもマスコミにもてはやされている旬の時期である。(中略)/私はどれだけ眠らなくてもへっちゃらの強い身体と、歴史上に存在する何百人もの偉人達の名をすべて暗記できる新鮮な脳ミソを持っているのだ。〉
(同上より引用)
↑ここも好き!ここは、自分が女子高生だった当時に映画で見て、そうか……今のわたしが「もっとも新鮮なわたし」なのか、と思った記憶がある。
しかし、椎名林檎も三十路を過ぎてから〈生きているうちはずっと旬だとそう裏付けて〉と歌っていたし(椎名林檎『旬』より)、三十路もまだまだ大丈夫。
このMV好きなの。