赤い小物が多いのが私の部屋、向かい側にある人工芝と白Tシャツがあるのが、もと同僚の部屋。
どちらも洗濯物がたくさん干していて、おもちゃ箱のような部屋。
私はその二部屋から永遠に出られない。外で友達を待たせているのに、友達の存在をだんだん忘れて、また思い出して、でも部屋から出られない。
それが今日の夢。現実の部屋に赤いものはほぼありません。
オンライン作業の説明が職場であって、担当の人から
「オンラインだからこそ他人の心を刺してしまう」といった説明をされた。
印象的だった。
そのあと、
「見ますか、本棚」
と言って、職場の人が写真を見せてくれる。本がきれいに並べられているその人の部屋。
いいなあやっぱり本棚はいい。
本も好きだけど本棚が好き。他人が本を手に取る瞬間と、他人が本を並べた棚が好き。
私は本を使って、他人のことを覗き見している。ごめんね。でも本棚はその人だけのものだし、その人の脳の中が詰まっている。同じ本棚は二度とできないし誰にも真似ができない。だから本棚は面白いし、たくさん眺めたい。
午後からは、保険の会社の人が手続きのために職場に来てくれる。
彼は歳が同じなのでいつも色々話してくれる。今日も少しだけ喋っていて、われわれの共通の知り合いが、結婚したと教えてくれた。ちょうど先日、片付けをしていたらその知り合いのことを書いた日記の一文が出てきて思い出していたのでタイムリーだった。その頃は私が心の面でめちゃくちゃ落ち込んでいたときで、この彼にもいろいろ迷惑をかけてしまったことを思い出して恥ずかしくなった。
「あの頃はひどいくらい迷惑をかけてごめんなさい」と私が言うと、
「でもいま振り返ってそう思えたのは良いことじゃないですか?」と言ってくれる。
人の細胞や血液は二年もあれば入れ替わってしまうと聞いたことがある。迷惑はずっとかけてしまっているけれど、私の中身も、二年前とはどこか変わって少しは別の人間になっているのだろうか。
「人生のプランナーといえど、相談しすぎたね」というようなことを伝えると、笑いながらこう言われた。
「僕はカウンセラーじゃないんでね」
なんだか、殺伐としているようで書き方が難しいのだが、われわれのあいだに嫌味はないし嫌悪もない。これは素直な会話だし、とてもフランクな会話だ。
私のごめんねも、彼のカウンセラーじゃないんでね、も今までは呪いにかかったみたいに、伝えられていなかったことだと思う。
「お互い大人になったんだよ」とは、違う人から言ってもらった言葉なのだが、呪いをかけていたころとはたぶん何かは変化しているようで、しみじみした。
詳細は省くけれど、建物の出口まで送るときになぜか人間の上下関係の話になって「でも僕たちは対等でしょ」と言われてなんだか不思議な感じがする。たしかに私たちはいつでも対等。
思わず聞いてしまう。
「でも、一般的に言えばお客様は神様なのでは?」
「そうですね…」
「いつも素直ですよね」
「ダメですかね?」
「良いところだと思いますよ」
こんなやり取りをして、お元気でと言って別れる。
いつでも第三者で、いつでもぶれない。そしていつでも対等でいてくれる人って貴重だよね。
いつもありがとう。(言ってないけど)
また一年くらい会うことはないのだろう……。
夜は恋の話をする。
恋は嫌なんだけど、恋をすると人によっては歌ができるし絵が描けるし詩ができるし、おそるべし恋。
いつも誰に対しても、あれで良かったのかなと思ってばかりいる。恋でなくても。
〈いつの時代に生まれていても私はきっと、悲しいかな、何者にもなれない。(略)…異国の文化を肌で感じたら「特別な」女の子に変われると信じていたのに、何も変われないまままたここに帰ってきてしまったよ。〉
(『装苑 2020年 3月号』掲載、松本花奈「いつか忘れゆく、今」より)
『装苑 2020年 3月号 レンズが映すもの。女性作家のメッセージ』
カメラと言えば昔なにかのテレビ番組のインタビューで、写真を撮るのが趣味の女の子が「ファインダーをのぞく瞬間だけはいつもひとりで、それが好き」と言っていたのがずっと忘れられない。「本を開いているときだけは、その人だけの世界」とは私の前の職場の上司が言っていた。この言葉もずっと心に残っている。
〈孤独というのはどこにもなくて、孤独がどこにもないというそのことだけが私を私にしてくれている。〉
(最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』より)
- 作者:最果タヒ
- 発売日: 2016/10/26
- メディア: 単行本
この前書いたけれど、ちゃんと読もうと思ってページをひらくのだが、なんだろう……。
すごく好きなんだけど、一日に一ページずつ読みたい。それくらい言葉が、胸を的確に刺してこじあけてくる。映画が好きな人は映画のような本を書くけれど、詩人はやっぱり限られた長さの中で、それしかない唯一無二を選んでくるんだなあと思う。
途中から開いてどのページから読んでも、遡っても、どの言葉も私を見逃してはくれない感じ。
良すぎる。表紙が青すぎてまた刺される。
自分と近すぎる、というか、センスが近いとかではなく、自分が言葉であらわしたかったものを、あまりに肉薄した感覚で書いてくれている作品はそう簡単に読めない。
今日は好きなものだけの一日だった。
あの本棚の写真をもう一度見たい。
29歳になった。
明日からも私のままで過ごそう。