本のある日記

本のある日記

日記・その時にあてはまる本・ことば・音楽。

傘なんかつかわない

晴れなのか雨なのか、朝のうちにはわからなかった。
職場から必要な電話を取引先にかけたとき、業務連絡を淡々と話しながら、いま話している相手の声がある人に似てるなあと思う。あの人はこの会社だからあり得るよねとも思うけど受話器の向こうに確認する気力がない。するとひとしきり用件を伝えたあとに向こうから名乗ってくれる。
咄嗟に「ああ、○○さん……」としか声がでない。「また遊びに来てくださいね」と伝えて電話を切る。
この人は前の職場のときにお世話になっていたけど、環境が変わった今ではもうよほどのことがないかぎり会えないはず。なんだか無情だなと思って、相変わらず職場にもまだ慣れないし、不条理も多いし、月曜の朝から楽しいことは何もない。どよーんとする。

昼くらいから。
雨が降り始めたころから、だんだんと大丈夫になってきて、苦手なところにも自分から行ってみようと思える。今日の職場は久しぶりに人数が多いのもあって、やっぱり人がいる方が楽しいし棲みやすいんだなと思った。自分の存在が良い意味でまぎれるような。
できる気分のうちにできることを終わらせる。
窓の外では、雨のなか傘をさす同僚の姿がみえた。彼も傘をさすんだなと変なことに驚いてしまう。傘なんかつかわないようなイメージだった。

今の職場、唯一とは言わないけれど、唯三くらいしか本当のことを話せる人がいなくて、その一番くらいに良くしてくれる人が帰り際に来てくれる。
「おかしいな、と思っても、もう戻れないときってあるよね」という話をしてひとしきり笑う。
家に帰ってまた、少し寝てしまう。夢を見る。
小さな女の子が連れ去られる夢だった。何人か登場人物がいたけど、私の意識はみんなの視点を転々としてしんどかった。どきどきしながら目が覚める。

牛乳を飲みながら『装苑』を読む。

〈多分世の中はどんどん「寂しさ」から遠ざかってる気がするんだ。1人でできることも増えたし、会わなくても大丈夫だし、見えない相手と話すことがスタンダードになってる。匂いや寂しさのない世界って殺伐としている。最近のSNSとかね。/そんなことをぼんやりと友達に言ったら、「あなたは寂しくなくなったらきっとモノを作ることはできないから、良かったねえ」とぽつり。確かに。欲求不満、孤独、哀しみ、この部分に生きている感情が私を突き動かしている。〉

(枝 優花のコラム「主人公になれないわたしたちへ」より)

装苑 2020年 5月号 〈つなぎとめる手/モードをまとうふたり〉』

装苑 2020年 5月号 (雑誌)

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  • 発売日: 2020/03/28
  • メディア: 雑誌

このコラムよかったなー。寂しいという穴のなかに埋められていく芸術。
あと〈物語のある一着〉コーナーの中で、すみれさんがすみれちゃんにすみれ色の服を着せているのがドラマチックで好き。
装苑SDGsの波に飲まれていくのかなあと思うとなぜかさびしい。社会性からいくらか遠ざかったところにあってほしい本だからなのか。